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2018年2月28日

私の転機1-高校時代

 

 はじめましてなちゅらるばらんすです。

 

 ブログ訪問ありがとうございます。

 

 

 

 中学生までの私は、親の言うとおりに生きていました。

 

 親と祖母の思いのままという感じでした。

 

 自分で考える必要もなく、言われることをやっていた感じです。

 

 中学3年の春、進学先の高校を決めるとき、父親の思いは、近くの商業高校を出て、就職して、結婚でした。

 

 女の子だから、学歴も必要がないと言ってました。

 

 中学3年の4月、親戚のお祭りの手伝いに行ったとき、近所のお兄さんが来ていて進路のことを話すと、私が第1志望と思っていた進学校に通っていたので相談してみると、自分は無理して入学したけれど、入学してから大変な思いをしているから、無理して入学するよりも近くの高校で上位を狙ったほうがいいとアドバイスしてくれました。

 

 体力的にも遠くて自信がなかったこともあり、近くの普通科を狙おうと決めました。

 

 ちょうど父もいて、普通科は女の子に必要ないと言ったのですが、これからは女の子も普通科でて短大ぐらいは・・・と父に話してくれたので、近くの普通科に志望校を決めました。

 

 高校入学後、上位をねらうと言いながらも、1年生のときは、まん中ぐらいの順位でした。

 

 高校1年の3学期、友人に誘われ、欠点が多いから補習に参加したいけど、1人では不安だから一緒に受けてほしいと言われ、数学の補習に参加しました。

 

 行ってみると、数学の進学補習でレベルの高い補習でした。

 

 間違って受けた補習でしたが、担当されていた数学の先生に、大学受験に向けてがんばらないかと誘われました。

 

 大学に行きたいと思っていたので、やってみることにしました。

 

 進学者が少ない高校だったので、私たちの学年から力をいれていこうとなったようで、高校1年の冬から受験勉強を始めました。

 

 数学の先生でしたが、受験に必要なすべての教科をみていただきました。

 

 毎日、放課後、特別教室を用意してもらい、補習のない日は、そこで5人ぐらいで勉強していました。

 

 春休み、夏休み、冬休みも、休むことなく、学校で勉強していました。

 

 部活も、体育館が割り当てられていて、後半の時間帯の時、どこかで時間つぶしをしないといけなかったので、ちょうど都合もよく、家が嫌いだったので、居場所ができて助かったという感じで、毎日楽しく学校で勉強させていただきました。

 

 先生方も、がんばってくれよと、差し入れをくださったりして、毎日楽しく勉強しました。

 

 遊んでいる方が多かったかもしれませんが。

 

 成績も、2年生になり、いっきに上位20人の中に入って、貼りだされるようになりました。

 

 最終的には、5位以内に入るようにもなりました。

 

 ただ親は大学進学には反対でした。

 

 女の子にそんなお金はかけられないと言われ続けましたが、最後には、どうせそんな低い高校でいくら上位になっても、大学に合格できないから万が一でも合格したら進学してもいいと言われました。

 

 今から思うと、なんで推薦入試を受けなかったのか?と思いますが、先生の言う通り一般入試だけでいきました。

 

 ことごとく失敗しましたが、1校だけ合格しました。

 

 約束通り、大学進学をさせてもらうことになりました。

 

 ただ大学が遠かったけれど、自宅から通うという条件だったので、毎日往復6時間近くかけて通いました。

 

 結婚したら、大学の学費を出してくれるという人もあらわれましたが、親を説得して、学費を出してもらえたので、結婚はしませんでした。

 

 ここから親の思う人生のレールからどんどん遠ざかっていきました。

 

 大学に入学して、半年間はダメダメな私でした。

 

 夏休み、父に押し切られ、勝手にバイトを決められて、強制的に連行されるように行きました。

 

 でも、そこから親の思いと違う方へ、自分の意志で進むようになりました。

 

 今までと違うタイプの人たちとの出会いが、私を違う人生に導いてくれました。

 

 体育会系の人たちとの出会いが、私の人生を変えました。