2021年8月30日
人から見れば「そんなことくらい」と思っても、本人にしてみれば、「そんなこと」ではないことは多いです。
硫酸事件について、テレビでコメンテーターや専門家たちが「そんなことぐらいで人を恨むのか?そんなはずはない」と話していました。
恨みに限らず、妬みなんかもそうですが、たいてい「そんなことで」と思うことばかりです。
言った人は何とも思っていないけれど、その人にとっては大きなことだったりします。
友人の言った何気ない言葉や態度、それが地雷だったりします。
先生の言った何気ない言葉で傷ついたり。
いろんな人の話を聞いていると、そんなことばかりです。
自己否定心の強い人ほど、ちょっとした言葉で傷ついてしまいます。
言った人は、そんなつもりで言ってないと思うけど・・・言われた人の取り方で大きく変わっていきます。
言葉だけでなく、態度もそんなつもりないのに・・・
相談を受けたとき「そんなつもりで言ってないと思うよ」と言ってしまいがちです。
言った人をかばっているわけではなく、相談している人を傷つけないように思って話したとしても、自己否定心の強い人にとってはそう思えません。
つらく傷ついた思いを肯定してあげましょう。
そのあとで、同じこと「そんなつもりで言ってないと思うよ」と伝えると同じ言葉でも、受取り方は変わってきます。
自己否定心が強い人は、否定されることを強くこわがっています。
どんな気持ちであっても、その人の気持ちなんです。
それを受け入れることは、大事なことです。
「いい人」や「いい子」ほど、否定されることを強く怖がってしまいます。
我慢していることも多いです。
ちょっとしたことで、爆発してしまったりします。
事件の報道を見ていると、「いい子だったのに」「優等生だったのに」ということをよく聞きます。
もしかすると容疑者にとっての価値観では、先輩、年上の人に対してため口で話すことは、とんでもないことなのかもしれません。
たとえ親しみをこめて話したとしても・・・
そういうふうに教育されたことを忠実に守っていたのかもしれません。
「そんなことで待ち伏せまでして硫酸かける?」
って思うかもしれませんが、その人にとっては許すことができないこともあると思います。
それまでの蓄積された思いが、何で爆発するかなんてわかりません。
どんな気持ちであっても、認めることが大事です。
つらかった、腹が立ったという気持ちは、認めてあげましょう。
恨みだけでなく、妬みも同じですね。
ひどい肩こりだと思っていても、実は・・・人の恨み、妬みの生霊ということもよくあります。
なかなかとれない肩こり・・・
これはかたこりじゃないな・・・と話をきいていると、スーととれることがあります。
憑いている思いに同調すると、わかってもらえたと抜けていきます。
だいたいがその人のまわりにいる「いい人」。
ぜったいその人の方が優れてると思うと言われます。
いいなあと思っているのに、逆に「いいなあ」って思われてるなんて・・・
と話されますね。
そんなことで妬まれてるなんて・・・
人のことをいいなあ、うらやましいなあとよく思う人は、相手からもあこがれられているというよりは、妬まれていることは多いと思います。
憑き物がとれると、「何であの人をうらやましいと思っていたんだろう」ってなる人もいます。